ゼクシィBaby みんなの体験記


マタハラと切迫早産

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妊娠22週で受けた妊婦健診。

いつものようにエコーで見る赤ちゃんの成長に喜びに浸っていたのもつかの間、「子宮頸管が短いからなるべく寝たきりで安静に過ごしてください」との医師の言葉で、思い描いていた妊婦生活が一転したのでした。

 

当時仕事は産休前でしたが、医師から休職するよう指示され、職場へ報告しました。職場は女性が多い職場でしたが、直属の上司が妊娠中や育児中の人に理解のないタイプ。妊娠初期から嫌な思いをすることが多々あったので、一筋縄では休めないのではと予想していたのですが、案の定休職時に揉めました。

自宅安静の診断書が出ているにも関わらず、診断書は直接持参で提出しろ!仕事の引き継ぎを終えるまで休職を認めない!と言われたため、出社して引き継ぎ資料を作ることになりました。

結局隣の課の、切迫流産で入院経験のある上司が止めに入るまで帰らせてもらえませんでした。

 

ここでの無理が祟ったのか、妊娠23週の健診では子宮頸管が2.5センチに。張り止めの薬を飲んで、トイレとシャワー以外寝たきりの安静生活を送ったのですが、24週の健診では1.9センチまで縮んでしまったため、ここから3ヶ月以上に渡る、長い入院生活が始まりました。

 

正直入院になったばかりの頃は「今までと違って仕事のストレスもないし、きっとすぐ退院できるだろう」と楽観視していました。

ところがどっこい、毎日のNSTでは頻繁に張りが確認されて、健診でもよくて2センチジャスト、時には1センチを切るほどの子宮頸管長。一度2.5センチのときがあり、嬉々として医師に退院できますか?と聞いたことがあったのですが、一旦短くなった子宮頸管は根本的に回復することはないからあなたの場合退院は難しいと言われ、衝撃を受けました。

 

入院生活は、24時間の点滴生活でしたが、日に日に流量が増え、強い薬になっていきました。

真冬にも関わらず、薬の副作用で常に汗がダラダラでるため、夏用の薄いパジャマで過ごしていました。また、パジャマの袖下から胴体部分を切ってボタンでとめ、点滴をしたままでも簡単に着替えられるよう工夫して使用していました。それでもシャワーが週に一度か二度しか入ることができなかったため、常に汗臭い体で過ごしていました。

 

予想はしていたけれど、自分としては元気なつもりなのに、自由に動くこともできない寝たきりの生活は、1日がとてつもなく長く感じてストレスが溜まるものでした。

最初はスムーズに刺せた点滴も、入院期間が長くなるにつれ刺せる場所が減ってしまい、差し替えで何箇所も刺さるようになったり、すぐ点滴漏れをするようになって差し替えの頻度が上がったり、血管痛で寝付けなくなったり、トラブルが沢山起きるようになりました。最初の頃はすぐ消えていた点滴跡は、だんだんと消えなくなり、気づけば腕中が点滴跡だらけに。

 

それでも赤ちゃんを1日でも長くお腹で育てるため!と点滴を我慢して、寝たきり生活を徹底していたのですが、妊娠35週の頃に一度陣痛が起きかけました。子宮頸管がほぼゼロセンチで子宮口が少し開いた状態に。

その場は点滴の流量を増やすことで収まりましたが、いつ陣痛が来ても破水してもおかしくない状況と言われ、食事も寝たままでとるなど、これまで以上に安静生活を送ることになりました。

 

この安静生活が功を奏したのか、何とかその後陣痛破水も起きずに36週6日を迎えることができました。

 

主治医の判断で、点滴を止めると出産につながる可能性が高いということで、点滴は36週6日の夜11時ごろに外しました。

点滴を外した後、一度陣痛のような痛みがあったのですが、翌日中に落ち着いたため、退院することになり、結局、37週5日目に出産しました。

 

産後は、長期に渡り点滴を投与していたせいで赤ちゃんが低血糖になっていないか心配していたのですが、特に問題なく母子ともに退院することができました。

 

今回切迫早産での長期入院を経験して、心から思ったことがあります。それは、仕事はいくらでも自分の代わりはいるけれど、お腹の子どもを守ることができるのは自分だけということです。

 

待ち望んだ妊娠だったにも関わらず、職場での周囲の目を気にしてしまい、つい自分の体調より仕事を優先して過ごしてしまいました。妊娠して迷惑をかけているのだから、多少の体調不良は我慢して当たり前とさえ思っていました。

 

切迫早産と診断されてから、どうして無理して仕事していたのだろう、どうして診断書が出たとき出社を拒否しなかったのだろう、どうして自分で自分を守ろうとしなかったのだろう…と、妊娠初期〜中期にかけて無理をしてしまった自分の行動に毎日とても後悔しました。

 

入院生活そのものは、献身的に看護してくださる医療スタッフの方々のおかげで想像より快適に過ごせましたが、やはり辛い日々でした。

常にお腹の赤ちゃんが大丈夫かな、と不安を抱えて過ごさなければならないストレスは、半端ないプレッシャーでした。

 

妊娠は病気ではないといいますが、だからこそ、自分で自分の状況を伝えて守っていく必要があると思います。

前に産休入った人は産休直前まで元気だった、とか、この仕事できたのに、とか沢山言われましたが、それこそ元気な妊婦もいればそうでない妊婦もいて、個人差が大きいものです。

 

もし今、私のように、周囲の目を気にして自分の体調を無視してしまっている妊婦さんがいらっしゃったら、後悔する前に、自分を第一に過ごして欲しいなぁと思います。

著者:なな

現在育児休職中の一児の母です。妊娠24週から37週まで切迫早産で入院していました。よろしくお願いします!

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