ゼクシィBaby みんなの体験記


私を助けてくれるために、宿った子

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一昨年、念願の第二子を妊娠しました。心拍も確認でき、次回の検診までに母子手帳をもらうよう言われホッと一安心。

が、その次の検診で「心拍が確認出来ない」、「胎児の壊死が始まっているようだ」と言われ頭が真っ白に…。自然に胎児が出てくるのを待つ余裕がないと言われ、すぐに入院し掻爬の手術を受けることに。

冷汗が出て、医師の問いかけにも答えられないほど混乱していました。夫に電話しないと…、職場に電話して休みもらわないと…、夫に何度かけてもつながらない…。

 

震える手で仕事場に「今から手術を受けることになりました」と電話を入れた後、やっと電話がつながった夫に泣きながら「赤ちゃん死んでしまった」と伝えました。

手術後、胎児を病理解剖に回して詳しく検査しますと病院から言われ、私はてっきり赤ちゃんの死亡理由を調べてくださるものだと思っていましたが、「検査の結果母体に異常はありません」と。

赤ちゃんはなんで死んでしまったんですか?それが知りたいです」と伺うも、多くの場合は染色体の異常ですと。『多くの場合ではなく、私の赤ちゃんの場合が知りたい』と言ってみましたが「それは分かりません」と言われました。

 

私は、自分のせいで赤ちゃんを死なせてしまったのだと思いました。と言うのも、妊娠判明まで欠員分の仕事を埋めるため残業する日々が3か月続いていたのです。精神的にも追い詰められ、精神科の診断書をもらい上司へ提出したのですが、「今の(忙しい)時期は困る」と受理されず、『なんとか乗り切るしかない』と思っていた矢先の妊娠でした。

つわりの時期になり、診断書を産婦人科からもらい2週間仕事を休んでる最中の流産だったのですが、もっとあの時強気で休みを取って入れば、もっと早くに休んでいれば、何度そう思ったか分かりません。

夫も家族も医師も看護師さんも、誰もが「あなたのせいじゃない」と言ってくれました。でも私にはそう思えない。

 

手術から2日後、おっぱいが出ているのに気が付きました。妊娠10週目だったのに、母乳が出ていたのです。飲ませる子のいない母乳を絞る気持ちは、今も言葉にすることが出来ません。

気持ちの整理がつかないまま1か月たったある日、前日からお腹ちょっと変かな?という気が。そろそろ生理が再開する時期だなと思っていると翌朝には、手足が痙攣するほどの痛みに。

さすがに変だと思い産婦人科に行くと子宮内に残っていた血塊に炎症が起きて、子宮がパンパンに腫れているとのこと。

すぐ手術が必要と言われ、近くの総合病院で子宮内除去手術を受けました。信じてもらえないかもしれませんが、その手術の全身麻酔から覚める前に「あの子」に会いました。

マンホールの様な丸い穴の上から、ニコニコしながら私を見つめる顔。長女に良く似ているけれど、男の子でした。見たとたん「あの子だ!」と確信しました。屈託のない本当に嬉しそうな笑顔を確かに見たのです。

麻酔から覚めると、夫が「何度もごめんね、ごめんね、って言ってた」と教えてくれました。

 

流産して1か月、毎日メソメソしている私に会いに来てくれたのだと思いました。あの子の笑顔は、本当に嬉しそうでぴかぴかしていて今でも鮮明に覚えています。

自分勝手な妄想かもしれませんが、その日以降「あの子は私の命を助けるためにお腹にきてくれたのだ」と思うようになりました。明らかなオーバーワークで、精神的にもいっぱいいっぱいなのに自分では止まれなかった私の助けてくれたのだと。

今は「あの子に助けてもらったこの命を大切にしよう」、「仕事よりも優先すべきことがある」とも思えるようになりました。

 

二回目の手術の後、なかなか生理が来ず半ば諦めの気持ちもありましたが去年の秋に妊娠が発覚。もうすぐ臨月を迎えます。

今度こそ、我がこの手に抱くぞと思いながら生まれてくる日を楽しみにしています。

 

著者:くる子

ずっと仕事人間でした。でも、流産を機に初めて仕事よりも大切なことがあると気が付きました。その出来事はあまりにファンタジー過ぎて、友人にも話していませんが自分に確かに起こったこと。

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