赤すぐみんなの体験記


切迫早産で2ヶ月間の入院を経て無事37週で出産

今回は第2子の出産体験記です。

1人目の時は32週で突然、切迫早産と診断。その3日後に自宅で破水しました。そこから1週間入院しましたが、感染の兆候がでたため、34週で出産しました。

 

今回、2人目の妊娠にあたって、切迫早産には妊娠がわかった時点から気をつけていたつもりでした。上の子の抱っこはなるべく控える、お腹が張ってきたらすぐに横になる、家事もできる限り座ってやるようにするなど)…。しかし妊娠7ヶ月に入る頃には、少しずつ子宮頸管が短くなりはじめ、医師から心配されていました。

 

上の子は極力、両家の親にみてもらうようにして、安静を心がけていました。しかし、妊娠8ヶ月目の健診では努力の甲斐むなしく、さらに短くなっていました。

 

上の子供の世話で、少なからず動いてしまうので、前回早産だったことも考慮し、妊娠29週で入院することになりました。

 入院中は24時間の点滴。トイレと洗面以外はベッドで寝て過ごす生活でした。唯一許可のでた、週に2回のシャワーも慌てて入らないといけないので、心休まる時がありません。

 

入院が長ければ長いほど、点滴を何度も差し替える為、どんどん使える血管が少なくなります。刺す場所によってはとても痛く、点滴交換は毎回苦痛でした。

 

そんな入院生活の中、1番つらかったことは上の子供と一緒に過ごせない事でした。まだ1歳半のため、なぜママが突然いなくなったかわからない我が子。しかし、ママが大変だということは子供なりに感じとっていたのか、病室では泣くこともなく、こちらが拍子抜けするほど毎回、元気に帰っていきました。

 

入院中、子供は両家の親が交代で面倒をみていたので、特に困ることはありませんでしたが、自分は母親なのに、子供のそばでその成長を見ることができないのが最も悲しく、子供にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

 

1人目は産院で出産する予定でしたが、破水の為、NICUのある総合病院へ即転院となりましました。今回は36週に入るまでに破水や出血がなく、点滴の量が産院での限界を超えなければ、このままここで出産できるといわれました。

 

入院当初から、産院での出産を目標に、1日1日を過ごしていました。途中、点滴の量を上げてもなかなか張りがおさまらず、転院をすすめられたこともありました。しかし、総合病院へ転院した場合、上の子供と全く会えなくなってしまうので、なんとかそれは避けたい。

 

産院でできる限界値まで点滴量を上げてもらい、入院後半は点滴の副作用(動悸、身体のほてりやむくみ、息苦しさ)にも苦しみました。

 

約、2ヶ月間の入院生活を経て、36週で一度退院しました。そして退院から6日後、自宅で破水。そこから1時間もしないうちに無事、37週で第2子が誕生しました。

 

34週で未熟児として産まれた1人目と比べると、ずいぶん大きく身体もしっかりとしていて『これが正期産で誕生した子供の重さなんだ』と実感しました。

 

私は2度の切迫早産と入院を経験し、自分が何か悪いことをしてしまったからではないか、もう少し何か気をつけていればよかったのではないかと、当初は自分を何度も責めました。しかし、切迫早産は誰でもおこりうることで、ママが気をつけていても避けられないこともあると助産師さんがおっしゃってくださいました。

 

だから、どうか切迫早産と診断され、自分を責めたり後悔しないでください。誰が悪いわけでもありません。赤ちゃんもママと一緒になって頑張っています。

 

私は途中から、赤ちゃんはつらい入院生活を乗り切る戦友のような感覚でした。笑

 不安も多いかとは思いますが、赤ちゃんはこちらの想像を超えるほどの生命力で、大きくなろうと必死になっています。ママもどうか、前向きな気持ちで頑張ってください。応援しています。

 

著者:りこ

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