赤すぐみんなの体験記


「生まれてきてくれてありがとう」母も不妊治療経験者。「私もきっと大丈夫」と強い心で治療に臨めた

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私は小さい頃から、母にこう言われてきました。
「私は子供が欲しくて欲しくて・・・、でもできなかったの。病院で子供は産めないと言われたんだけど、やっぱり子供が欲しくて、病院を探してまわってなんとか治療してくれるところを見つけて、やっとあなたができたのよ。生まれてきてくれて本当にありがとう」
これを聞くたびに、照れたような、誇らしいような気持ちがしました。

大好きな母親からこう言われるのは、とても嬉しいことです。


私の母は、どうやら排卵障害があったようです。父と夫婦二人で生きていこうと話したそうですが、少しでも望みはないかと、電車で3時間かかる大きな病院に行き診てもらうと、なんと妊娠可能と言われ、そこから治療をし私ができたそうです。
このように小さい頃から不妊治療の話を聞いていたので、不妊治療に対しては全く抵抗がありませんでした。

そして、私も母と同じく生理不順だったので、自分もいつか不妊治療をするのだろうなと漠然と思っていました。

私は28歳で結婚。子作りを開始したのは、32歳になった時でした。その頃、母は残念ながら亡くなっていたので、母に相談はできません。偶然にも2人の友人が同時期に不妊治療をしていたので、わからないところは本を読んだり、友人に質問したりしながら、自分で子作り計画を立てることにしました。


子作りにあたって、まずは生理不順を治すために飲んでいたピルをやめました。やめた後1ヶ月はほぼ28日周期で生理が来たのですが、2ヶ月目からはやはりガタガタの基礎体温グラフ。自分で購入した排卵検査薬で排卵を確かめてみようとしても、全くわかりません。

そこで、仕事前、仕事帰りに寄りやすい駅近の婦人科クリニックへ行くことにしました。早速諸々検査をしたところ、特に大きな問題があるわけではないそうですが、月によって排卵していないことがわかりました。

排卵障害がありますね」と言われ、真っ先に頭に浮かんだのは「やっぱり母と同じだ!」でした。悲しいという気持ちは全くなく、母と同じように治療すれば必ず妊娠できるだろうと根拠なく確信しました。不安からは程遠い気持ち、むしろどんとこい不妊治療と意気込みました。


それからは排卵誘発剤を服薬して、卵胞の成長を確認、排卵日を特定しタイミングをとるという治療を開始。リセットになっても感傷的にもならず、次の周期に目を向けることができました。

「これも母が通った道だ、きっといつか妊娠できる」と強く思えました。

幸いなことに、私はタイミング療法を開始して半年で無事妊娠。妊娠がわかった時は、驚きとともに、「きっと母が助けてくれたんだ」なんて思ったものです。

 

治療中不安定にならなかったのは、母の経験を聞いていたからだと思います。子供には母のように「欲しくて欲しくて、やっと生まれてきてくれたのがあなたなのよ。生まれてきてくれてありがとう」と伝えたい思っています。

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著者:シオモミ
年齢:36歳
子どもの年齢:3歳1か月の双子

夫の転勤を機に出版社を退職、京都へ引っ越したが即双子を妊娠。観光をする余裕もなく一卵性双子男児の育児にあたふた過ごしていたものの、幼稚園というゴールが見えてきて気持ちが軽くなっている。好きなものはマンガ、映画、本、アニメ、お酒。この一杯のために生きている系で、家にビールサーバーを置くのが夢。

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