赤すぐみんなの体験記


「あれもこれもやっておかねば!」妊娠の焦りで無理をしすぎた私。切迫早産になって気づいたこと

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初めての妊娠がわかった時、夫と私は手をつないで大喜びしました。
今までの自由奔放な生活リズムを改め、毎日お腹にいる小さな命に話しかけ、誕生を指折り数えて待つ日々が始まりました。

妊娠生活はとくにつわりもなく、とても順調でした。
無事に安定期を迎える頃、仕事も退職し時間ができたので、子どもの為に少しでも役立つこともしたいと思うようになりました。

「今やれることをやっておかなければ」という思いが募り、毎日のようにあちこち出かける日々。
料理教室や英会話に通ったり、毎日散歩や家中の掃除をしたり。マタニティー体操の教室なども積極的に参加していました。

今思えば、妊娠中という特殊な心理状態に気がつかず、かなり神経質になっていたのかもしれません。
心の焦りとは裏腹に、カラダはかなり疲れていました。

 

ある日夫と映画を見ていると、急にお腹が締め付けられるような痛みを感じました。
しばらく様子を見ていましたが、痛みは増すばかり。至急行きつけの産婦人科へ向かいました。

 

診察の結果、妊娠27週の切迫早産でそのまま入院することになりました。
張り止めの点滴を24時間打ち続け、絶対安静というのが唯一の治療方法。
ひたすら、ベッドに横になり、安静を保つのです。
予定を詰め込んでいた私は、横になったまま携帯からあちこちにキャンセルのメールをするはめになってしまいました。

入院生活が始まり、ようやくお腹の子が危機的状態にあったことを理解しました。
しかし、 全てを中途半ばにしての突然の入院に、私自身の戸惑いは残されたまま。
このまま狭いベッドに寝ていなければならないと思うと、焦りと不安ばかりで頭は休まらず、止まらない涙に眠れませんでした。

 

ベッドに横になる生活が1週間過ぎ、体の筋力が衰えてトイレに行くのも辛くなってしまうような状況。
これで出産ができるのかと益々不安になりましたが、その頃になると、心の筋肉も衰えたように、不思議となにか諦めがつくような気持ちになってきました。

 

私は母になる為にあれこれやらなければと焦っていましたが、本当に必要なことは母になろうと頑張ることではなく、不完全な自分がそれでも母になるという現実を受け入れることだということに気がつきました。
そして、この入院が私にとって精神的にとても意義のある時間になると確信しました。

 

2週間の入院生活の末、私のカチカチに張っていたお腹は柔らかくなり退院の許可が降りました。
赤ちゃんもほっとしたかのように、それから1ヶ月半後、安産の末に元気な女の子が産まれました。

 

この切迫早産の入院生活での体験は、子育てをしていく上で、「母親は子どもの成長を受け入れ、ゆったり構えて待つことが必要である」ということを、思わぬ形で学ぶことになりました。
もうすぐ10ヶ月になる娘は、最近やっとハイハイができ始めたところです。
これからも成長を見守っていきたいです。

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著者:ウミキ
年齢:31歳
子どもの年齢:9ヶ月

神奈川県で育児をスタート。のんびり子育てをしていきます。

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