赤すぐみんなの体験記


足の浮腫みがひどいと思っていたら…妊娠高血圧症候群で即入院!絶対安静生活に

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私の仕事は立ち仕事が多く、しかも忙しい分掌に配置されたため、妊婦にも関わらず夜遅くまで残業する日々でした。

初めての妊娠でわからないことだらけの中、つわりやお腹の張りもきつく、「休みたい」と感じることが単なる甘えなのか、それとも無理のしすぎなのか自分でもわからず、葛藤する毎日でした。

それは、恐らく妊娠中の女性なら恐らく誰もが抱える葛藤ではないかと思います。

妊婦という理由で配慮してもらっている同僚にも申し訳なく、「できることは精いっぱいやろう」、と気を張っていたところがありました。


やがて、無事に安定期を迎え8ヶ月目に入り規定通り産休をもらいました。

ずっと通っていた個人病院での検診で、思いもよらず総合病院への転院を薦められました。尿たんぱくと足の浮腫がひどいというのは認識していましたが、産休に入ったので悪化はしないはずなのに、「なぜ?」と疑問に思いつつ、「総合病院なら安心だし」と軽い気持ちで翌日に紹介状を持って総合病院で検査を受けました。

すると、5時間の検査の後「即入院、絶対安静」と告げられ、その時に初めて自分が「妊娠高血圧症」だと知らされました。

名前だけは本や雑誌で知っていたものの、実際には、妊婦の死亡原因1位の病気であることすら知りませんでした。

私の場合、モニターであまり反応がなく寝坊すけだと思っていた赤ちゃんが、実は母体から栄養をあまりもらえず育ちが悪く心拍が弱かったこと、そして母体が妊娠による何らかの要因で腎臓の機能が低下していることが胎児を育てられない原因とのことでした。

そのため、赤ちゃんへ栄養がいきやすいように絶対安静でいることと、母体に危険な腎臓の機能低下がないかどうかを調べるために摂取水分と尿量を毎回計測することが言い渡されました。

入院して10日が経った頃、夕方のモニターを見ていた主治医に「ご主人を呼んでください。赤ちゃんの方が危なくなってきました」と告げられました。

36週まであと1日、という時でした。
主人と並んでたくさんの説明を受けました。赤ちゃんのモニターのデータ、心拍の確認、帝王切開での出産、出産に向けてたくさん注射をすること、麻酔の説明などです。

緊張から手足が冷たくなりましたが、

「逆に早く胎内から出してあげて栄養を十分に与えたい」

「元気に育っていることを早く確認したい」

という思いが強くなり出産の決意が固まりました。

しかし、主治医には「赤ちゃんにとってはできるだけ胎内にいるほうが身体機能が作られるので望ましい。できれば36週になってから出産させたい」と言われました。

看護師の方たちがバタバタを準備を始めたのですが、時間はもう夜の8時になっていました。主治医の先生は麻酔科の医師、小児科の医師、看護師長に内線をかけて何かしら確認をしています。

やがて電話を切るとこう言いました。「夜中の出産だとスタッフの数がどうしても手薄になります。赤ちゃんが頑張れるようであれば明朝まで待って8時に手術を行いましょう。難しいと判断した時点で緊急オペに切り替えます。」

十何本も打った注射の中には、赤ちゃんの肺機能の成長を促進するという筋肉注射もありました。わずか何時間のうちにできることは全てやろうという病院の意気込みが感じられ、「私も頑張らなくちゃ」と奮い立ったのを今でも覚えています。

 

局部麻酔で赤ちゃんを取り出してもらっている時、「産声が聞こえなかったらどうしよう」と不安になり、急に体ががくがくと震えてきました。助産師さんが気づき、震える手をぎゅーっと握ってくれました。すると赤ちゃんを取り出そうと先生が赤ちゃんの体に手を触れた途端、室内に大きな鳴き声が響き渡りました。

 

「こんなに元気な赤ちゃんだったなんて、騙されたぞ!」

 

先生と看護師さんの笑い声が幾重にも重なる中、元気なわが子の鳴き声が負けじと響き渡ります。赤ちゃんも母親もスタッフも含めて、出産がこれほど命がけで奇跡的なことなのか、ということを身をもって知りました。

著者:しおりんママ

年齢:42歳
子どもの年齢:11歳・9歳・2歳

三児+猫1匹+鳥2羽の母。40歳になっての出産・子育てはこんなにも余裕が持てて楽しいのか、と再発見中。

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